これがwikiだ!
- wikiってな〜に?
- 連結されたウェブページの集まりです。ウィキのページはいつでも誰でも閲覧でき、さらに編集することができます。このコンセプトと実際のソフトウェアはワード・カニンガムによって発明されました。ウィキを使ってみたいという場合は、ここではなくてサンドボックスを使ってみてください。サンドボックスは、初めての方が自由に練習をするためのスペースです。もちろん著作権には気をつけてくださいね。
- 何のために在るの?
- 目的は、質・量ともに世界最大の、フリーな百科事典を作り上げることです。また、ウィキペディアが信頼に足る情報源となることも願っています。
- いつから在るの?
- 2001年1月15日、初期のバージョンのウィキが、短期間Nupedia.comに置かれました。(最初の投稿は1月10日です。)この考えは、ラリー・サンガーとベン・コヴィッツとの間で1月2日に交わされた会話が元となっています。
日本語版の発足は2001年の5月と思われます。2002年9月にソフトウェアの変更・インターフェースの日本語化が行われ、本格的に始動しました。 - 誰がやってるの?
- ウィキメディア財団によって行われています。ウィキメディア財団は理事会によって運営されており、運営資金は主に寄付および助成金に依っています。財団はまた、財務やシステム管理、法務などにあたる常勤・非常勤のスタッフを雇用しています。
財団の財務報告につきましては、wmf:財務報告(財団公式サイト)をご覧ください。システムの管理および財団職員の活動は、全てウィキメディア財団として包括的に行われております。日本語版ウィキペディア独自の会計・スタッフはありません。
運営情報・サーバなどの整備・購入状況などは財団の公式サイトに随時掲載されます。サーバーについては、有志による文書として「m:ウィキメディアのサーバ」というページもありますが、最新の情報を反映しているとはかぎりません。 - 記事内容の責任は誰が持つの?
- 記事に文責を持つのはウィキペディアンです。共同製作によるものです。数多くの人が、このプロジェクトの様々な部分に投稿しており、あなたを含め、誰もが参加できます。編集の仕方を知っていて、共有したい百科事典向きの知識を持っていさえすればよいのです。
どのページについても、「履歴」リンクをクリックすれば、最近の版を更新した人がわかります。記事の最新の版に誤りを見つけたら、大胆にそれを修正することが推奨されています。この慣行が、百科事典の信頼性を維持する基本的なレビュー・メカニズムの一つなのです。
もし不正確な用語や誤解を招くような表現を見つけたならば、その内容を「ノートページ」で指摘してください。間違い・不正確さ・誤解を招く表現をなくすのに非常に役に立ちますし、参加者から感謝される行為です。ご協力を! - 記載記事の検証は?
- 皆が、互いの仕事内容をレビューし合っています。直接加筆や書き換えをすることもありますし、ノートページに意見を書くこともできます。また、2005年から査読依頼としてピアレビューを試験導入しています。
- 匿名(未ログイン状態)で記事は書ける?
- あなたには記事について説明責任があります。もちろん匿名で編集しても良いのですが、アカウントを持つウィキペディアンには、いくつかのメリットがあります。まず、アカウントを作成すると、あなた専用の利用者ページが作成できます。ここでは、自分についての紹介や、メモ、会話ページは話し合いのスペースに出来ます。また今までの投稿履歴が残ります。信頼されるウィキペディアンは、記事に関する論争の中立化に関して、尊敬されています。ウィキペディアン間に階層自体があると言っているわけではありませんが、コミュニティで承認され管理業務を担う編集者もいます(参照:Wikipedia:管理者)。多くのウィキペディアンの目的は、民主主義を維持し、小さな混沌を乗り越えて、ウィキペディアにおいて最高の力を発揮することです。
利用者名を持つ利用者は、ある意味でログインしていない参加者より匿名性が高いと言えます。編集した際、ログインしていない利用者のIPアドレスは誰でも見ることができます。ログインしている利用者のIPは、開発者など、ごく一部の人間しか閲覧できません(前述の管理者はログイン利用者のIPアドレスを閲覧できません)。しかし、末端の編集者でいたいのであれば、ログインせずに編集するのもいいでしょう。ログインしないまま編集を行なう方もたくさんいます。
Wikipedia:五本の柱
- ウィキペディアは百科事典です。
- ウィキペディアは、総合百科・専門百科・年鑑の要素を取り入れた百科事典です。すべての項目は、独自の研究を認めない方針に従う必要があり、正確となるよう努力しなければなりません。ウィキペディアは、個人の意見・経験・議論を書き込み、自説を披露する演説台ではありません。また、単なる情報やデータを無差別に収集する場所でも、雑学集やトリビアコレクションでもありません。自費出版の請負業者でも、無政府主義や民主主義の実験場でも、ウェブページのリンク集でもありません。また、辞書・新聞・原文収集については、ウィキペディアではなく、姉妹プロジェクトのウィクショナリー、ウィキニュース、ウィキソースへ寄稿してください。
- ウィキペディアは中立的な観点に基づきます。
- これは、どの観点に基づく主張もしないような項目を書くように努力することを意味します。時には、複数の観点を記述する必要もあるでしょう。その場合、各々の観点を正確に記述します。また、各々の観点の背景を説明することにより、その観点は誰の主張なのかを読者が理解できるようにします。そして、どの観点も「真実」や「最良の観点」と紹介しないようにします。中立的な観点に基づくということはまた、可能な限り検証可能で信頼できる出典を明記するということをも意味します。とりわけ論争となりがちな話題では出典の明示が求められます。どの版が最も中立的なのかで対立したときには、冷却期間を置くことを宣言して、項目に論争のあることを示すテンプレートタグをつけてください。ノートページで詳細を詰めて、手順に沿って論争を解決してください。
- ウィキペディアの利用はフリーで、誰でも編集が可能です。
- すべての文章はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承 (CC-BY-SA)およびGNU Free Documentation License (GFDL)下にライセンスされており、これらに従って配布したり、リンクしたりすることができます。項目は誰でも変更可能で、どの個人も特定の項目を支配できない、ということを受け入れて下さい。したがって、あなたが投稿したどんな文章も予告なく編集される可能性がありますし、コミュニティによる再配布をとがめることもできません。著作権を侵害するようなものや、CC-BY-SAやGFDLと矛盾する方法でライセンスされているものを投稿しないようにしてください。
- ウィキペディアには行動規範があります。
- 他のウィキペディアンと同意できないときにも、彼らに敬意を払い、礼儀正しくしてください。個人攻撃や抽象論を振り回すことは避けて、編集が白熱しても冷静さを維持してください。Three-revert ruleを守って、無益な編集合戦に陥らないようにしてください。ウィキペディア日本語版には、編集・議論の対象となる項目が802,547もあることを忘れないでください。誠意を持って行動し、あるひとつの点を例証するためだけにウィキペディアを混乱させることのないようにしてください。他の人の言動を善意にとってください。寛大になって、受け入れるよう心がけてください。
- この5つの原則の他には、ウィキペディアには、確固としたルールはありません(注記:日本語版ではリンク先のルールは草案段階です)。
- 良い編集で満足を得るためにも、項目の編集や移動は大胆に行ってください。完璧さは要求されていません。また、台無しにすることについて心配しないでください。項目の過去の版は全部保存されているので、知らずにウィキペディアに損害を与えてしまったり、取り返しのつかないほど内容を破壊してしまう、といった心配はありません。しかし、あなたが書いたことは何であっても編集履歴上に後々まで残ることも忘れないでください。
ログインしてみよう!
多くの利用者は「既存の記事を大幅に変更する際にはアカウントを取得し、ログインし、説明責任が果たせる立場になった上で編集してほしい」と望んでいます。
ログインが望まれる理由は、自身の編集に対する説明責任を果たしてほしいからです。もし、あなたが利用者名を登録していなければ、利用者ページを持てません。投稿の際は利用者名の代わりにIPアドレスが記録されますが、それは一定のものではないので、他の人達にとってあなたの編集について、あなたと対話するのが難しくなり、それをもどかしく思う利用者がいることは事実です。もちろんログインしないでの編集は現在は認められていますし、そのこと自体に対して他の利用者が異議を唱えることはできません。
しかし、ログインしていないのは、自身の投稿に自信がなかったり、責任を持ちたくないためであるとか、ウィキペディアの方針に沿っていないことを自覚しているため、と見られることも多々あります。
特に、ログインしていない利用者(即ち説明責任に欠ける利用者)が、他の利用者らが多くの議論の積み重ねにより書き上げた記事に対し、それらを考慮しない大幅な変更を行った場合、問題になりがちです。ウィキペディアの記事は、民主主義的な議論を経て作り上げられるものであり、あなた(とあなたの質の高い編集歴)に他のウィキペディアンがよせる信頼によって、編集のプロセスは筆自慢による編集作業からチームワークによる編集作業になるのです。ですから、あなたが「雑草とり」と呼ばれるメンテナンス的な編集のみで参加しようと思っているなら別ですが、ある程度、記事の内容に関わる編集をしようと思うなら是非、アカウントを取得し、ログインして説明責任が果たせる立場になった上で編集することを推奨します。
アカウント(利用者名)の取得には氏名やメールアドレスも費用も不要ですから、アカウントを取得すれば、ウィキペディアにおいてアイデンティティを維持し、存在感を発揮しながらも、IPアドレスも公開されませんのでより匿名でいることができるのです。そして、あなたは全てのウィキペディアンに、あなたの記事の編集が支持に値するものだという意見を伝えることもでき、自分自身の編集内容に対する説明責任を果たすことができるようになるのです。
いつしか、ログインしないIPユーザーの編集だけを取り除いたウィキペディアの特別版を作る人が現れるかもしれません。そのような場合には、せっかく作成した記事でもIPユーザーが作成したものは消失してしまいます。このような特別版を作成する機能をウィキペディアに付加することをウィキペディアンの多くが支持するかどうかはわかりませんが、誰もがデータベースをもとに(たとえば、DVD向けに)そのような投稿だけのビューをつくることもできますので、このことはログインしないで投稿することを避ける理由の一つになるでしょう。
最重要!wiki上でのエチケット
礼儀を忘れず、丁寧にふるまうことは、ウィキペディア全体において、編集、要約欄への書き込み、コメント、およびノートページでの議論において行動する際のルールです。
無礼なふるまいとは、「深刻な争いやストレスを引き起こす土壌をつくりだすような、他者への攻撃的な行為のこと」と大雑把ながら定義できます。一方、「礼儀を忘れない」のルールは簡潔で明確です。つまり、ほかの人に対して丁寧にふるまわなければならないというだけのことです。
私達のウィキペディア・コミュニティは、これまでの経験をふまえて、複数の基本原理(meta:Wikimedia principles)の間に、非公式ながら優先順位を設けるようになってきています。最も重要なのは、記事は中立的観点にたって書かれなければならない、ということです。そして、他者へ常識的な礼儀を守って接することは、その次に大切なルールです。礼儀正しくすることは、オンラインでの行動においてよりどころに出来る唯一の原理であり、また受け容れられない行動と受け容れられる行動を区別する唯一の妥当な方法です。互いを愛したり、深く尊敬したり、相手に従ったりすること、そして時には相手を尊重することすら、他の人にいつなんどきでも求めることができるわけではありません。しかし、礼儀を守ることは、誰しもに課せられる義務であり、また相手に要求できる絶対の権利です。
- 個人攻撃をしない。
- 人の作業結果についてあれこれ批評することは構いませんが、個人攻撃をしたり、人種・性別・主義主張などによる侮辱を行うことは許されません。
- 不快なユーザー名は使わない。
- 他の利用者を攻撃する結果になるようなユーザー名は使うべきではありません。
エチケットの原則
- 不満を表明するのと同じ数だけ、ポジティブなコメントをするように努力してみてください。
- ちょっとした賞賛によって、コミュニケーションが円滑になり、相手が批判を個人攻撃のように感じることも減ります。上手なやり方は、不平を賛辞の間に挟むこと、つまりあなたのコメントの最初と最後に何か前向きなことを述べることです。
- 古い批判は除去するか要約してください。
- 批判した相手があなたの書き込みを読んだだろうと確信できた時点で(例えばレスがついていたら)、敬意を持ってその不満を除いたり要約したりするようにしましょう。ときには、苦情を書き込まれた人は、批判を恐れているように見えることを懸念して、その苦情を消去することに消極的になることがあります。更に一歩進んで、あなたの問題に取り組んでくれた(または少なくとも考慮してくれた)ことに対して感謝を表すこともできます。
- 機会があれば、称賛や感謝などを表明してください。
- あなたが文句を言わなければ、他の執筆者は書いた記事が"問題がないものと理解するに決まっている"、とは考えないようにしてください。読んだ記事がよいと思えば、そう書き込みましょう。普通、わざわざノートページを使うのは、その記事に問題があると考えるからで、したがってノートに書き込むことは即否定的なこと、という意味合いができてしまいます。すると、ノートでの過度の論争の発生を招いてしまうことにもなります。動物を調教する際に、良い点をのばすことが重要だということを考えてみてください(人間も動物です!)。
- 完全に自信があるわけではない場合には特に、コメントを質問の形で書くようにしてみてください。
- 「妊娠中絶が何の罪もない胎児に対する殺人に他ならないのは明らかです」と書く代わりに、「でも妊娠中絶は罪のない胎児を殺すことなのではないでしょうか?」と書くこともでき、そうすることで、別の見方を許容するかのような書き方になり、相手を不必要に怒らせないようにもできます。
- 主張の内容を限定し、自分の主張を他の利用者も持っていることを前提に表現してください。
- ※このパラグラフ(段落)は、上手く訳せていません。
自分の意見を全て述べることや、読み手を不快にさせるかもしれない個人的な意見の正当性を述べること、また主張が自分の個人的な見解と一致している場合などは、その主張を述べることが、反対する意見をもった利用者を一方的に非難することになりやすいので表現方法を変えてみましょう。例えば、「でも妊娠中絶は罪のない胎児に対して殺人を犯すだけなんじゃないの?」と聞く代わりに、「妊娠中絶は罪のない胎児を殺してしまうことに他ならないと考えるのは私だけではないでしょう」と言う方がいいでしょう。こうすることで、相手を煽るような調子を押さえながら、その議題に対する主張をはっきり打ち出し、しかも全く同じ意見を以前よりおだやかに伝えることができます。 - 自分の立場以外の視点も理解しているということを示すために、他の視点をフェアーに言い換えてみてください。
- 「あなたが妊娠中絶の問題について女性に選択の自由があると考えていることはわかります。しかし、その意見に反対し、また妊娠中絶は無実の赤ん坊に対する単なる殺人であると考える人は、明らかに私だけではありません。」
- 利用者同士の意見の対立を見かけたら、仲裁をしてみてください。
- 喧嘩を始めた二人を引き離すのと同じことです。議論が加熱し過ぎていることや落ち着く必要があることを指摘するだけで、事態を沈静させ、この共同体では公衆の前で口喧嘩をすることは_受け入れられない_ということを強調するのに大きな効果があることがあります。「やあ。この妊娠中絶をめぐる議論はだいぶ紛糾しているようだね。何年も議論が続いているような問題をここウィキペディアで解決しようとするのはちょっと無理なんじゃないかな。どっちもこのことについては譲らない意見をもっているようだ。もしかすると、これまでの議論は取り除いて、もっと対立の少ない意見をもった人達の議論のための場を作った方がいいのかもしれないね。」と語りかけることで、大半の対立は沈静化するでしょう。
- あまりにも情熱を持っている事柄については執筆を避けてください。
- このルールは中立的な記事を書くためのものです。偏っているときに中立になることは難しいのです。
最後に、最終手段として、あなたが協力的な精神で呼びかけても功を奏さなかったり、編集者が中立的な文章を個人的なイデオロギーにもとづいて取り除き続けたときには、状況を改善できる最後の方法が一つあります。放置するという方法です。そのページをブックマークに入れ、1、2週間経ったら戻ってみましょう。イデオローグは、中立的な記事を死守しようとする幅広い合意があまりにも強固でうち負かすことができそうにないときには、あきらめてしまうものです。また、ウィキペディアの中立性の観点は多くのウィキペディアンによって支持され、守られているので、あなた一人で擁護しなくてはならないというものではないのです。一人でそういうふうに試みることは、時には問題を拡大させるだけになることもあります。しかし、それでも問題が解決しなかった場合や、特に犯罪と思われる行為(個人を特定して個人情報を公開する等の危害を加える)は管理者か警察に相談すると良いかも知れません。
以上の提案のほとんどは簡潔に要約できます:礼儀正しく振る舞ってください。このことはあなたが思っているより重要な(そして有益な)ことです。